治療方針
健やかに生きるための歯科医療
患者さまのライフステージに合った治療を
日本の急速な高齢化は、平均寿命の延びに健康寿命が追い付か ないといった深刻な課題を投げかけており、その中にあって歯科医療、口腔保健が健康寿命の延伸に大きく寄与してくるということがここ数年のデータから広く 国民にも認知されてきています。この様な社会状況の中にあって、超高齢社会における歯科医療の問題を改善するためには、高齢者に特化した対応を 考えるのではなく、そのずっと前に遡り、ライフステージにあった対応が求められます。すなわち子どもの時からの長期的なフォローアップと長期的な治療計画のもとで行われる処置が重要です。
歯をまもる 咬合をまもる
(最後まで食べる幸せを感じられるように)
「歯をまもる、咬合をまもる」という考え方は、成人期以降の歯科医療のベースとなる考え方で、このためには総合的な視野に立った知識と技術が求められます。「生活を支える歯科医療を実現する」という考えの下、「従来の歯の治療から、食べる幸せをもたらす」ー 健康寿命の延伸をめざし歯科医療を行います。
超高齢社会で求められる歯科医療
「我々が想像する以上に我が国の高齢化の波は深刻度を増してい ます。この激変は歯科の世界にも確実に影響を与え、これまで経験したことのない対応を迫られる時代に入ってきています。最近、様々な基礎疾患を有し、病院 に通いながらの生活を余儀なくされている方が多くなってきました。そしてその多くの方が、数種類から数十種類の薬を服用され、歯肉が腫れたり、口腔乾燥を引き起こしたり、明らかに薬の影響を受けて口腔内の状況が悪化しているケースを目にします。また全身状態が虚弱化することにより口腔内にも変化が見られる例も少なくありません。30年前の高齢者の口腔内と比較して、明らか に違うことは残存歯数が急激に増加し、歯肉の炎症が頻繁に認められることです。我々は歯を残す事が歯科医師、歯科衛生士のもっとも重要な使命であると教育され、そのように実践してきました。しかし、問題は数ではなくどのような状態で歯が保存されているかが重要です。多くの患者さんは必ず高齢化し、いくつかの病気を抱え、いつか介護を必要とする、そして死を迎えるという生物としての避けられない過程を歩んでいます。何がその患者さんにとって重要かを考え、歯科医療がその方の人生を変えるということを念頭において、治療にあたることが、問われていると考えています。生涯を幸せに暮らすために、歯科としてのどのように関わりをもって対応するかが求められる時代に入ったと思います。
8020運動達成者(80歳で20本以上の歯が残っている方)が、ついに50%を超える
8020運動を開始した1989年、8020達成者(80歳で20本の歯が残っている者)は10%に満たない状況でした。当時は、不謹慎ながら我が国においては全く達成不可能なスローガンではないかと思われていました。しかし予想に反し、その後の歯科医療関係者のたゆまない努力と国民の口腔保健に対する関心の高まりによって、平成20年代に入ると驚くほど残存歯数は伸長し、現在では達成者が50%を超えるまでになりました。しかし一方では、平均寿命の増進によって、疾病と障害を持ち、感染しやすい高齢者の急増が社会の新たな問題として浮かび上がってきました。このことは難しい条件、環境下で歯と口腔を管理していかなければならない時代に突入したことを意味します。激増する残存歯をいかに健全に保全し、歯周病のコントロールをしっかりしていくことが、 これからの大きな課題になってきています。
高齢者に対する歯周治療の考え方
歯科の一分野の話をしているのではなく、歯科全体としてこれから訪れる高齢化の大きな波にどのように対策を立てなければならないか。その際、キーワードになるのが、老年歯周病(歯周治療)です。多くの歯科医師と歯科衛生士が日々の歯周治療に携わり、国民の治療に貢献しています。 しかし社会の中でより高い優先順位をもって歯周治療を必要とする方々が顕在化してきたことを忘れてはなりません。
残念ながら超高齢社会に入ったことは理解していても、現在の高齢者が抱える口腔環境の問題について、まだまだ実感としてお持ちでない方が大多数であると思います。超高齢社会の中で、8020達成者が50%を超え、多歯時代が到来することはより多くの歯が残っているということですので、歯周病発生しやすい環境が存在することになり、結果として大きな健康問題につながってきます。歯周治療が全身の健康にいかに寄与するかを患者さんと考え、いかに安全に質の高い歯周治療を行うことが重要かが問われてきています。
健康長寿社会の実現のために
高いQOLを保つ健康長寿社会実現のためには歯科医療の側面からは、食べる、話す、息をするといった極めて大切な口腔機能を生涯を通じていかに正常に維持できるかが重要です。 同時に口腔保健が全身の健康に及ぼす影響について注目され、多くの研究や調査が進み、歯科疾患と全身疾患の関わりや、全身の健康を保つ為に歯科治療や口腔環境の改善が如何に重要であるかが解ってきています。この様な研究データを日常の診療に活かし、実践して行くことが、健康長寿社会の実現には不可欠です。
そのような取り組みの中で、「口腔機能低下症」という新しい病名ができました。口腔機能低下症は、咀嚼障害や嚥下障害などの障害レベルより前の段階とされており、この段階では、口腔機能の低下に対する自覚症状に乏しく、見逃しやすいので注意が必要です。より早い段階で対応することが重要ですので、特に65歳以上の方にはスクリーニングとしてチェックを行い、全身的な健康を損なうことを未然に防ぐことが重要だと考えています。
詳細な健康チェックを市民レベルで広めるために
蓄積された臨床データを活かした情報発信活動
長年蓄積した臨床データを診療に活かしながら詳細な健康チェックを市民レベルで広めていくことが理想です。日本歯科医師会常務理事の時に、全国の研究者による蓄積された臨床データを生かした歯科医療の実践を進めるための方策を検討する仕事をしていました。今までは、歯科のエビデンス(因果関係などを示す医学的な根拠)がまだまだ足りないと言われていましたので、任期の終わりには、これをまとめる仕事をさせていただきました。今後は、それをどのように活かして広めていくかを考えなくてはなりません。
オーラルフレイルの予防
病気になる前段階で、その病気の元を発見し、病気にならないようにするには、型通りの健診では間に合わないこともあります。そこで、もっと具体的かつ詳細な健康チェックを市民レベルで実施していけるようになることが理想です。お手本にしたいのは千葉県柏市で実施されている「柏プロジェクト」です。このプロジェクトは、病気になる前の状態である「未病」を扱った先進的な対策が組み込まれています。現在は、神奈川県下でも積極的なプロジェクトが進められています。まさに日本歯科医師会で、常務理事時代に発表された「オーラルフレイル」への対応をどのように進めていくかということに直結する問題であろうと考えています。オーラルフレイルとは、直訳すれば「歯・口の機能の虚弱」ですが、東京大学高齢社会総合研究機構の辻教授らによる、食環境の悪化から始まる筋肉減少を経て最終的に生活機能障害に至る構造の研究の中で示されたものです。そこでは、特に歯科口腔機能の軽微な機能低下や食の偏りも認められており、大規模健康調査等の結果から出された、歯・口の機能の低下を表す新しい考えです。日本歯科医師会では、「オーラルフレイルの予防」という新たな考え方を示し、健康長寿をサポートするべく、発信、啓発しています。「しっかり噛んで、しっかり食べ、しっかり動く、そして社会参加を!」という基本的な概念を早期から再認識し、結果的に意識変容、行動変容につなげることを目指しています。さらに、このような考え方を日本全国、さらには世界各国の歯科関係者に発信するために-健康寿命延伸のための歯科医療・口腔保健-をテーマに世界会議2015を開催しました。その際担当常務として、その世界会議の企画・運営を任された経験を今後は地元で還元できるように努力していきたいと考えています。
院長 中島 信也